理性の境界

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理系大学生の作者のオナ禁活動の報告と、自己啓発について語るブログです。完全に趣味のTYPE-MOONについて触れるかもしれません。

理性の境界

理想の探求、人生はかくあるべし

強迫性障害の克服を目指して

皆さま、どうもお久しぶりです。typearcherです。

先日記事にした

(リンク)

一人旅からも2週間前には無事に帰国して、日本での日常を過ごしたり、再び海外(バリ島)に友人たちと行ったりしてました。

春休みの出来事も記事にしていこうと思ったのですが、それよりも先に記事にしたいことができたので先にそちらを記事にします。

今回の記事は少し不快な内容を含んでいると思います。嫌になったらブラウザバックしていただいて構いません。

強迫性障害とは

皆さんは「強迫性障害」という病気をご存知でしょうか。

この病気の症状は、強迫観念を打ち消すために強迫行為を(他者から見ると)異様なまでに繰り返したくなるという物です。

強迫観念・・・患者それぞれに気になって気になって仕方がないもの(鍵をかけたかどうか以上に不安になったり、自分が汚いと思っているモノや人だったり様々)に対する不安感や不快感

強迫行為・・・自分の不安感・不快感を払しょくするための儀式。他者には異様なものになることもある(後述)

100人に2人くらいの割合でいるそうですが、あまり有名でなく、原因などもはっきりしていません。

僕と強迫性障害

もうお気づきかもしれませんが、僕自身もこの強迫性障害を患っています。

僕の主な症状は、特定のモノ・人を不快なもので汚いと感じてそれから逃れるために手や体を洗う(毎日のお風呂もこれに含みます)というものです。

 

成人以降、大人になってからなることが多いと言われるこの病気ですが、実は僕はかれこれ10年以上患っています。

 

記憶の中で最も古い強迫性障害にまつわる記憶は幼稚園までさかのぼります。

当時の強迫観念についてはよく覚えていないのですが、強迫行為として両の掌に息をふーふーと吹きかけていたことを覚えています。

それ以降の学校生活についてもお話しします。

 

重症だった小学校時代

僕の強迫性障害史の中でも最も暗黒の時代が小学校時代です。

当時は”学校”そのものが強迫観念となっており、学校用の文房具、教科書、宿題、などが嫌で嫌でたまらないものとして感じられていました。

それに対する強迫行為は手洗いと”なめとる”というものでした。

家など学校外で教科書や学校用の文房具に触ると”汚い”と感じて、そのあとは必ず手を洗っていました(一時期は二の腕の方まで洗わないと気が済まない時期も)。

一度ならまだよいですが、2度3度と洗い続けて長いこと洗面所に居座ったものです。

これだけならまだなんとか普通の人と近いですが、小学校の2~3年生の症状が最も重かった時期には手や物をなめるようになっていました。

(今思い出すとありえないことですが)当時は学校で鉛筆などを落としたら必ずなめていたのです。また、指や手をなめていた時期もありました。

それが原因となって、そのころから同級生たちに避けられるようにもなり始めました。

当然と言えば当然ですね。

今の僕が大学で指やシャーペンをなめている人がいたら距離をとると思いますもの。

 

回復を見せた中学1,2年生

暗黒の小学校時代と打って変わって症状が全くなかったのが中学校1,2年生のころです。

しかし、それも3年生になって変わりました。隣のクラスに転校生がやってきたのです。

そして、その彼のことが不快で不快でたまらなくなってしまったのです。

指をなめることはなかったものの、再び手を洗ったりするようになりました。

この時期に最も特徴的なのが強迫行為の中にオナニーが入っていたことです。

その彼を目にした後、彼の名前を聞いた後、彼について考えた後、家で射精をしないと気がすまなくなってしまいました。体の内から排出したかったのでしょうね。

勿論、その時のオナニーは一日複数回行っていたものの、義務感でやっていたので全く気持ちがよかったという記憶はないですね 笑

 

落ち着いていたけれど症状の続いた高校時代

その彼とは幸いにも別の高校に進学することになったので、高校入学後は全く大丈夫でした。

しかし、今度も同級生の中にそういった人物ができてしまい強迫性障害の日々に逆戻りです。

高校時代の強迫行為はオナニーがなくなり、手洗いだけになりました。

 

高校時代を引きずっている現在

現在は、高校時代に深いと感じていた彼とは別の大学に進学しています。

しかし、現在でも彼と、彼にまつわる場所や記憶、写真が強迫観念として残っています。

 

今回治療を始めようと思った理由

ではなぜ、今回新たに治療に取り組もうと思ったのか話していきます。

それは”波が来ていた”からです。

~波の流れ~

・オーディオブックサービスAudibleをお勧めする記事に出会う

・Audibleを使い始める

・バイトからの帰り道にAudibleでスティーブジョブスの本を聴く

・ジョブスの本の中で「直感を信じよ」という話に出会う

・その足で本屋に行きたくなる

・目をつぶってどこに行きたいか自分の中に訪ねた

・その方向に歩いて行った先で、”ぼくは強迫性障害”という本に出合う

・読了後、最近の悩みの近くに強迫性障害があるのでは?と考えるようになる

・治療したくなる

・”実体験に基づく強迫性障害克服の鉄則35”(以下、鉄則35)を買う

 

かつてないほどのビッグウェーブが来ていますね 笑

思えば自発的にこの病気を治したいと思ったのは今回が初です。

 

鉄則35を読んでみて

一言で表現すれば、心がエグられるようでした。

体験者の方の本ということだけあって、自分のことを書いているのでは?というほど当てはまる節がたくさん出てきます。

書かれているアクションステップも「確かにこれができたら快復に向かうだろう」というものが殆どです。

実際に昨日今日と、鉄則を頭の隅に置きながら生活してみると今まで怖くてできなかったことにも挑戦できるようになりました。

例えば、汚いと感じていたイスに触れた後も手を洗わないですんだ、など。

このまま自分の許容できる量を増やしていけばきっと快復できるでしょう。

 

今後の取り組み

・鉄則35を参考に成功体験を積む

強迫性障害にまつわる本を数冊読んでみる(インプット)

・治す!

 

僕は今年で20歳、つまり成人の予定です。

成人までに(普通の)人(に)成(れる)ように頑張ってみようと思います。